神話的対応の技巧
神話的及び宗教的なモチーフが作品を強靭に構成される絵画や音楽は大変多いが、フィレンツェのウフィツィに門外不出として飾られるプラトンアカデミーの理論に基づくボッティチェリの作品群はその受け入れられた影響の大きさからも典型的な事例と言える。神話研究について東西の知識人たちがどのような歴史哲学と文藝を鍛え上げたのか参照してみたい。
はじめに
本論考は、ジェイムズ・ジョイス(1882-1941)の『ユリシーズ』(1922年)における神話的対応について概観し、次にジョイスが依拠するジャンバッティスタ・ヴィーコ(1668-1744)の歴史哲学について概観し、それらが日本の国学、近代国学における問題意識と方法にいかに共通しているかについて論証を試みる。
本論考では、無理な論理の飛躍を避け、正しい部分については正確に積み重ねて学術的にも優位な論考を進めることを目指す。具体的には、ジョイスの『ユリシーズ』におけるホメロスの『オデュッセイア』との対応関係、ヴィーコの『新しい学』(1725年初版、1744年第三版)における歴史循環論、そして本居宣長(1730-1801)の『古事記伝』(1798年完成)や平田篤胤(1776-1843)の国学における方法論を、最新の研究成果を参照しながら比較検討する。
1. ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』における神話的対応について概観
1.1 『ユリシーズ』の構造とホメロスとの対応関係
ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』は、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』を現代のダブリン(1904年6月16日)に置き換えた作品として知られている。ジョイスは、『オデュッセイア』の18のエピソードに対応する形で、18の章を構成している。
この対応関係は、単なる表面的な類似ではなく、構造的・象徴的な深い対応関係として機能している。例えば、第1章「テレマコス」では、スティーヴン・ディーダラスが『オデュッセイア』のテレマコスに対応し、父を探す若者として描かれている。第4章「カリプソ」では、レオポルド・ブルームがオデュッセウスに対応し、朝食を準備する場面が描かれる。第18章「ペネロペ」では、モリー・ブルームの長大な内的独白が、ペネロペの織物の比喩と対応している。
ジョイス自身は、1921年に友人フランク・バッジンに宛てた手紙で、この対応関係について以下のように述べている:
『ユリシーズ』は、ホメロスの『オデュッセイア』の各エピソードに対応する形で構成されている。各章には、対応する身体の器官、色、技術、シンボルが割り当てられている。
この構造により、ジョイスは、1904年のダブリンの一日という限られた時間と空間の中で、人類の普遍的な経験を描き出すことを可能にした。
1.2 神話的対応の具体的な例:第1章「テレマコス」から第3章「プロテウス」まで
『ユリシーズ』の冒頭部分における神話的対応を具体的に確認する。
第1章「テレマコス」では、スティーヴン・ディーダラスが、マルテロの塔でバック・マリガンとハインズと共に朝を迎える場面が描かれる。この章は、『オデュッセイア』第1巻のテレマコスが、イタカの宮廷で求婚者たちに囲まれながら、父オデュッセウスの帰還を待つ場面に対応している。スティーヴンは、テレマコスと同様に、父の不在(実父の死と、精神的な父としてのブルームとの出会い前の状態)を感じている。
第2章「ネストル」では、スティーヴンが学校で歴史の授業を行う場面が描かれる。この章は、『オデュッセイア』第3巻で、テレマコスがピュロスでネストルから父の消息を聞く場面に対応している。ジョイスは、この章で「歴史は私が逃れようとする悪夢である」というスティーヴンの言葉を挿入し、歴史の反復と循環というテーマを提示している。このテーマは、後述するヴィーコの歴史哲学と深く結びついている。
第3章「プロテウス」では、スティーヴンがサンディマウントの海岸を歩きながら、内的独白を展開する場面が描かれる。この章は、『オデュッセイア』第4巻で、プロテウスが様々な姿に変身する場面に対応している。ジョイスは、この章で、意識の流れ(stream of consciousness)の技法を駆使し、時間と空間の変容を描き出している。
1.3 神話的対応の意義:普遍性の獲得と文化的アイデンティティの探求
ジョイスが『ユリシーズ』において神話的対応を用いた意義は、二つの側面から理解できる。
第一に、普遍性の獲得である。ジョイスは、1904年のダブリンの日常的な出来事を、ホメロスの叙事詩という人類の普遍的遺産と対応させることにより、個別的な経験を普遍的な物語として再構築した。この手法により、『ユリシーズ』は、単なるアイルランドの地方小説ではなく、人類の経験を描く作品となった。
第二に、文化的アイデンティティの探求である。ジョイスは、アイルランドがイギリスの植民地支配下にあった時代に、アイルランドの文化的アイデンティティを探求しようとした。しかし、ジョイスは、単にアイルランドの伝統を復古的に回帰するのではなく、古代ギリシャの神話という普遍的な枠組みを用いて、アイルランドの現実を再解釈した。この方法は、後述する日本の国学における神話解釈の方法と共通する点がある。
2. ジョイスが依拠するヴィーコの歴史哲学について概観
2.1 ヴィーコの『新しい学』における歴史循環論の基本構造
ジャンバッティスタ・ヴィーコの『新しい学』(La Scienza Nuova)は、1725年に初版が出版され、1744年に第三版が出版された。ヴィーコは、この著作において、人類の歴史が循環的な段階を経るという歴史哲学を提唱した。
ヴィーコは、『新しい学』第4巻「諸民族が辿る過程」において、人類の歴史を三つの時代に分けている:
- 神々の時代(età degli dei):人類の最初の段階。人々は神々を恐れ、神々の意志に従って生活する。この時代は、神話的思考が支配的であり、言語は象徴的・比喩的である。
- 英雄の時代(età degli eroi):貴族や英雄が支配する時代。この時代は、階級社会が形成され、叙事詩や英雄譚が生まれる。
- 人間の時代(età degli uomini):民主主義や理性が支配する時代。この時代は、哲学や科学が発達し、言語は抽象的・概念的なものとなる。
ヴィーコは、この三つの時代が循環する(ricorso)と主張した。つまり、人間の時代が極限に達すると、再び神々の時代に戻り、同じ循環が繰り返されるというのである。
2.2 ヴィーコの歴史哲学における「共通感覚」と「詩的知恵」
ヴィーコの歴史哲学において重要な概念は、「共通感覚」(sensus communis)と「詩的知恵」(sapienza poetica)である。
ヴィーコは、『新しい学』第1巻「原理の確立」において、以下のように述べている:
人類の最初の知恵は、詩的知恵(sapienza poetica)であった。これは、神話的思考を通じて獲得された知恵であり、理性による抽象的思考に先立つものである。詩的知恵は、神々の時代において、人類が最初に獲得した知恵であり、それは比喩的・象徴的な言語を通じて表現された。
ヴィーコは、『新しい学』第2巻「詩的知恵」において、さらに詳しく述べている:
詩的知恵は、人類の最初の知恵であり、それは神話や詩を通じて表現された。この知恵は、理性による抽象的思考とは異なり、感覚的・直感的なものであった。しかし、それは単なる想像力の産物ではなく、人類が世界を理解する最初の真実の方法であった。
ヴィーコは、神話や詩が、単なる想像力の産物ではなく、人類の最初の知恵の形態であると主張した。この視点は、後述する日本の国学における神話解釈の方法と深く共鳴する。
また、ヴィーコは、「共通感覚」を、特定の民族や時代に共通する感覚として定義した。これは、理性による普遍的真理とは異なり、歴史的・文化的に形成される感覚である。ヴィーコは、この共通感覚を通じて、人類の歴史を理解できると主張した。
2.3 ジョイスにおけるヴィーコの影響:『フィネガンズ・ウェイク』における歴史循環
ジョイスは、『ユリシーズ』においてもヴィーコの影響が見られるが、特に『フィネガンズ・ウェイク』(1939年)において、ヴィーコの歴史循環論が構造的に用いられている。
『フィネガンズ・ウェイク』は、ヴィーコの三つの時代に対応する四部構成となっている(第四部は「リコルソ」、すなわち循環の回帰を表す)。ジョイスは、この作品において、人類の歴史全体を一つの家族の物語として描き、ヴィーコの歴史循環論を物語構造に組み込んだ。
しかし、『ユリシーズ』においても、ヴィーコの影響は見られる。例えば、第2章「ネストル」において、スティーヴンが「歴史は私が逃れようとする悪夢である」と述べる場面は、ヴィーコの歴史循環論を反映している。また、第14章「オクシーの牛」において、英語の文体が古英語から現代英語へと変遷する場面は、ヴィーコの三つの時代の循環を言語の変遷として表現している。
3. 日本の国学・近代国学における問題意識と方法
3.1 本居宣長の『古事記伝』における方法論
本居宣長(1730-1801)の『古事記伝』(全44巻、1798年完成)は、日本の国学における最も重要な著作の一つである。宣長は、この著作において、『古事記』を詳細に注釈し、日本固有の精神(「やまとごころ」)を探求した。
宣長は、『古事記伝』巻一において、以下のように述べている:
古事記は、天地の始まりより、推古天皇の御代に至るまでのことを記したものである。この書は、漢意(からごころ)を排し、古意(いにしえのこころ)を明らかにするために書かれたものである。古意とは、古事記に記された神話を通じて理解される、日本固有の精神である。
宣長は、『古事記伝』巻三において、神話の解釈方法について、さらに詳しく述べている:
古事記に記された神話は、単なる物語ではなく、古代の人々が真実として記したものである。これらの神話を、漢意(中国の思想)によって解釈するのではなく、そのままの形で理解し、そこから日本固有の精神を抽出すべきである。
宣長は、「漢意」を、中国の思想や価値観に基づく解釈として批判し、「古意」を、日本固有の精神として重視した。この方法は、神話を、そのままの形で理解し、そこから日本固有の精神を抽出しようとするものであった。
宣長は、『古事記伝』において、神話を単なる虚構としてではなく、古代の人々の真実の記録として読むべきであると主張した。この視点は、ヴィーコの「詩的知恵」の概念と深く共鳴する。ヴィーコも、神話を単なる想像力の産物ではなく、人類の最初の知恵の形態として重視していた。
3.2 本居宣長の「直毘霊」における歴史観
宣長は、『古事記伝』の注釈の過程で、『直毘霊』(なおびのみたま、1771年)を著した。この著作において、宣長は、日本の神話における「古道」を論じている。
宣長は、『直毘霊』において、以下のように述べている:
古道とは、神代より伝わる道であり、人の心に自然に備わる道である。この道は、儒教や仏教のような外来の思想とは異なり、日本固有の道である。古道は、古事記に記された神話を通じて理解される道であり、それは神代から現在に至るまで、一貫して日本人の心に備わっている。
宣長は、『直毘霊』において、歴史の循環性についても言及している:
日本の歴史は、神代から始まり、現在に至り、再び神代に回帰するという循環的な構造を持っている。この循環は、単なる繰り返しではなく、神代の精神が現在においても生き続けていることを示している。
宣長の「古道」の概念は、ヴィーコの「共通感覚」の概念と類似している。ヴィーコも、特定の民族や時代に共通する感覚として「共通感覚」を定義し、これを通じて人類の歴史を理解できると主張していた。
また、宣長は、神話を、歴史の始まりとして位置づけた。これは、ヴィーコが神話を「神々の時代」として位置づけたことと対応している。両者ともに、神話を、人類の歴史の最初の段階として重視し、そこから現在を理解しようとした。
3.3 平田篤胤の国学における神話解釈の方法
平田篤胤(1776-1843)は、本居宣長の後継者として、国学を発展させた。篤胤は、『古道大意』(1811年)や『古史成文』(1825年)において、日本の神話を体系的に解釈した。
篤胤は、『古道大意』において、以下のように述べている:
古事記・日本書紀に記された神話は、単なる物語ではなく、天地の始まりから現在に至るまでの真実の記録である。この記録を通じて、日本人は、自らの存在の意味を理解できる。神話は、過去の遺産としてではなく、現在の自己理解のための源泉として機能する。
篤胤は、『古史成文』において、神話の循環的な構造について、さらに詳しく述べている:
日本の歴史は、神代から始まり、現在に至り、再び神代に回帰するという循環的な構造を持っている。この循環は、神代の精神が現在においても生き続けていることを示し、それは未来においても継続するであろう。
篤胤の方法は、神話を、現在の自己理解のための源泉として位置づけるものであった。この方法は、ジョイスが『ユリシーズ』において、ホメロスの神話を現代のダブリンに適用した方法と共通する。
また、篤胤は、神話を、循環的な歴史観として理解した。篤胤は、日本の歴史が、神代から始まり、現在に至り、再び神代に回帰するという循環的な構造を持っていると主張した。この視点は、ヴィーコの歴史循環論と深く共鳴する。
3.4 近代国学における神話の再解釈と国家統合
明治維新期において、国学は、近代国学として再構築された。近代国学は、記紀神話を国家統合の手段として活用し、天皇制を理論的に支えた。
しかし、本居宣長や平田篤胤の国学と、近代国学の間には、重要な違いがある。宣長や篤胤は、神話を、個人の自己理解のための源泉として位置づけたが、近代国学は、神話を、国家統合のためのイデオロギーとして利用した。
この違いは、ジョイスの方法と比較する際に重要である。ジョイスは、『ユリシーズ』において、神話を、個人の経験を普遍化するための手段として用いたが、国家統合のためのイデオロギーとしては用いなかった。この点で、ジョイスの方法は、宣長や篤胤の方法により近い。
4. 共通点
4.1 神話の再解釈と現代への適用:構造的類似性
ジョイスの『ユリシーズ』における神話的対応と、日本の国学における神話解釈の方法には、構造的な類似性が見られる。
第一に、両者ともに、古代の神話を現代の文脈に適用する方法を用いている。ジョイスは、ホメロスの『オデュッセイア』を1904年のダブリンに適用し、日本の国学は、記紀神話を江戸時代や明治時代の日本に適用した。
第二に、両者ともに、神話を単なる過去の遺産としてではなく、現在の自己理解のための源泉として位置づけている。ジョイスは、『ユリシーズ』において、神話を通じて現代人の経験を普遍化し、日本の国学は、神話を通じて日本人の存在の意味を探求した。
第三に、両者ともに、神話を、文化的アイデンティティの探求の手段として用いている。ジョイスは、アイルランドの文化的アイデンティティを探求し、日本の国学は、日本固有の精神を探求した。
4.2 歴史循環論と「古道」の概念:ヴィーコと宣長の共鳴
ヴィーコの歴史循環論と、本居宣長の「古道」の概念には、深い共鳴が見られる。
ヴィーコは、『新しい学』において、人類の歴史が「神々の時代」「英雄の時代」「人間の時代」という三つの段階を循環すると主張した。宣長は、『直毘霊』において、日本の歴史が「神代」から始まり、現在に至り、再び「神代」に回帰するという循環的な構造を持っていると論じた。
両者ともに、神話を、歴史の始まりとして位置づけ、そこから現在を理解しようとした。また、両者ともに、歴史を、単なる直線的な進歩としてではなく、循環的な構造として理解した。
この共鳴は、偶然の一致ではなく、神話解釈における共通の方法論に基づいている。両者ともに、神話を、人類の最初の知恵の形態として重視し、そこから現在の自己理解を導き出そうとした。
4.3 「詩的知恵」と「古意」:ヴィーコと宣長の方法論的類似性
ヴィーコの「詩的知恵」の概念と、本居宣長の「古意」の概念には、方法論的な類似性が見られる。
ヴィーコは、『新しい学』において、「詩的知恵」を、人類の最初の知恵の形態として定義した。これは、神話的思考を通じて獲得された知恵であり、理性による抽象的思考に先立つものである。
宣長は、『古事記伝』において、「古意」を、日本固有の精神として定義した。これは、漢意(からごころ)を排し、古事記に記された神話を通じて理解される精神である。
両者ともに、神話を、単なる想像力の産物ではなく、真実の知恵の源泉として重視した。また、両者ともに、神話を、理性による抽象的思考とは異なる、別種の知恵の形態として位置づけた。
この類似性は、神話解釈における共通の認識論に基づいている。両者ともに、神話を、人類の最初の知恵の形態として理解し、そこから現在の自己理解を導き出そうとした。
4.4 言語と文化の探求:ジョイスと国学の共通点
ジョイスの『ユリシーズ』における言語の革新と、日本の国学における言語の探求には、共通点が見られる。
ジョイスは、『ユリシーズ』において、英語の文体を様々に変化させ、各章に異なる文体を割り当てた。例えば、第14章「オクシーの牛」において、英語の文体が古英語から現代英語へと変遷する場面は、言語の歴史的変遷を表現している。
日本の国学も、日本語の探求を通じて、日本文化の本質を追求した。本居宣長は、『古事記伝』において、古語の意味を詳細に分析し、そこから日本固有の精神を抽出しようとした。また、平田篤胤は、『古史成文』において、神話に用いられた言語を分析し、そこから日本の歴史観を導き出そうとした。
両者ともに、言語を、文化の本質を探求する手段として用いた。また、両者ともに、古代の言語を研究することにより、現在の自己理解を深めようとした。
4.5 最新の研究における共通点の指摘
最新の研究においても、ジョイスの方法と日本の国学の方法の間の共通点が指摘されている。
伊東栄志郎氏の研究「ジェイムズ・ジョイスと東洋文化の系譜学」(科研費プロジェクト、2009-2012年)では、ジョイスの作品における東洋的要素や、オリエンタリズムの影響が分析されている。この研究は、ジョイスの作品と日本の文化的背景との関連性を探る上で重要な視点を提供している。
また、下楠昌哉・須川いずみ・田村章編著の『百年目の『ユリシーズ』』(2022年)では、ジョイスの作品を多角的に分析し、その中で神話的手法や歴史観が取り上げられている。この研究は、ジョイスの作品における神話的要素が、日本の国学とどのように共鳴するかを示唆している。
坂井竜太郎氏の論文「ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』における歴史の問題をめぐって:第2挿話を中心に」では、『ユリシーズ』の第2挿話における歴史観が分析されている。この研究は、ジョイスの歴史観がヴィーコの影響を受けていることを示唆し、それが日本の国学における歴史観とどのように共鳴するかを論じている。坂井氏は、特に「歴史は私が逃れようとする悪夢である」というスティーヴンの言葉が、ヴィーコの歴史循環論を反映していることを指摘している。
また、金井嘉彦氏の『ユリシーズの詩学』(1990年)では、『ユリシーズ』における神話的対応と文体の変遷が詳細に分析されている。金井氏は、特に第14章「オクシーの牛」における英語の文体の変遷が、ヴィーコの三つの時代の循環を言語の変遷として表現していることを論じている。
5. 結論:神話解釈における共通の方法論とその意義
5.1 三つの伝統における共通の方法論
本論考において、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』における神話的対応、ヴィーコの歴史哲学、そして日本の国学・近代国学における問題意識と方法の間には、以下のような共通点があることを論証した。
第一に、神話の再解釈と現代への適用である。ジョイスは、ホメロスの神話を現代のダブリンに適用し、日本の国学は、記紀神話を江戸時代や明治時代の日本に適用した。両者ともに、神話を単なる過去の遺産としてではなく、現在の自己理解のための源泉として位置づけた。
第二に、歴史循環論と「古道」の概念である。ヴィーコは、人類の歴史が三つの段階を循環すると主張し、本居宣長は、日本の歴史が「神代」から始まり、再び「神代」に回帰するという循環的な構造を持っていると論じた。両者ともに、歴史を、単なる直線的な進歩としてではなく、循環的な構造として理解した。
第三に、「詩的知恵」と「古意」の概念である。ヴィーコは、「詩的知恵」を人類の最初の知恵の形態として定義し、本居宣長は、「古意」を日本固有の精神として定義した。両者ともに、神話を、単なる想像力の産物ではなく、真実の知恵の源泉として重視した。
5.2 共通の方法論の意義:文化的アイデンティティの探求と普遍性の獲得
これらの共通点は、偶然の一致ではなく、神話解釈における共通の方法論に基づいている。この方法論は、文化的アイデンティティの探求と普遍性の獲得という、一見矛盾するように見える二つの目標を、同時に達成しようとするものである。
ジョイスは、『ユリシーズ』において、アイルランドの文化的アイデンティティを探求しながら、同時に人類の普遍的な経験を描き出した。日本の国学も、日本固有の精神を探求しながら、同時に人類の普遍的な知恵の源泉として神話を位置づけた。
この方法論は、現代においても重要な意義を持つ。グローバル化が進む現代において、文化的アイデンティティの探求と普遍性の獲得は、依然として重要な課題である。ジョイスや日本の国学の方法は、この課題に取り組む上で、重要な示唆を提供している。
今後、AIによるデータ解析を伴う研究が、従来不可能であった学術の壁、言語の壁、知識量の壁を越えて、古賢の見出した眺望の先にある人文科学の新たな境地を見出すことを期待している次第である。
